2009年06月09日
キラーアプリ?

SLの発展を望んでいる人達はみんな強力なキラーコンテンツが喉から手が出るほど欲しいって思ってますね。安価で簡易な端末とキラーコンテンツがあれば確かにSLは大ブレークするでしょう。でも多分それはSLの実力を100とすれば、20以下のレベルのものでしょうけどね。つまり爆発するということは誰にでもできて誰にでも分かるっていうことだから、スクリプトがどうこうとかいうものではないということになります。
ちょっと心配なのは今普通の2D画面で色眼鏡やホログラフィーじゃなくて裸眼で3Dを表現できる技術の開発が進んでいることですね。これが実用化されると携帯電話で、そこそこ満足できるレベルの3D操作や動画が楽しめるので、多くの人はそれで十分だって思うでしょう。
さてMassivelyではTateru NinoがSLのキラーアプリについて述べています。久しぶりに訳してみましょう。
「ある人はSLのキラーアプリは『人との出会い』だというし、別の人はそれは『緩やかな絆』だという。また、芸術、創造性、ライブ音楽やこれらに関したコンテンツの発信だとする人もいる。(中略)これは消費者側から見たときのことで、リンデンラボから見れば彼らにとっての『キラーアプリ』は、BlizzardにとってのWorld of Warcraft(戦闘ビークルの世界?)に近いものということになる。つまり貴方の友人と持ち物こそがキラーアプリなのだ。
貴方の友達、その多くは物理的に会ったことはないだろうし、実際に会うことはないだろう。でもSLを通じては会えるというわけだ。なぜなら他のどんなことを共通に持ち、あるいは持っていないとしても、貴方達には共通のSLというものがあるからだ。彼等がSLを続けている目的が、貴方がそれを続けている目的と違っているかもしれないなんていうことはどうでもいい。貴方達はみんなそこに居て、そこが出会える場所で、継続的にお付き合いできる唯一の場所だってこともあるだろう。
極めて多くの人達がWorld of Warcraftで毎月US$15払えば貴方の友達になってくれることを申し出ている。確かに他の方法で貴方は他のユーザーにコンタクトできる情報を首尾よく手に入れることができるかもしれない。しかし、あなたが過去にやっていたMMORPG(多人数同時参加型オンライン・ロールプレイングゲーム)が閉鎖された経験を持っているなら、プラットフォームが閉じられてしまえば多くの友情は生き残れないということに多分気付いているだろう。ひとたび自分が結び付けられているプラットフォームが取り払われてしまえば、人々はコンタクトを続けていくということはしないものだ。
つまり、SLはあなたのSLにおける友情を所有している。全部ではないにしても間違いなくそのほとんどを持っている。テーブルクロスをぐいっと引っ張れば、テーブルの上にはほとんどものは残らない。リンデンラボにとって『友情』は人々をプラットフォームに縛り付けている巨大な資産なのだ。同様に、どんな技術・芸術でも、コンテンツや衣服やオブジェクトでも、あなたの持ち物の中にあるものはプラットフォームの一部で、これらは貴方をそこに縛り付けているものなのだ。
そのうちの幾つかを他の競合するプラットフォームに移動させられるサードパーティのツールがあるが、恐らく貴方はリンデンラボが最初に作ったような、持ち物をどこにでも持っていけるようなツールやサービスが備わった環境というものには出くわさないだろう。
ファーストパーティの下にユーザーを捉まえておくための重要なポイントは、これらの仮想資産の上にSLの傘が差しかけられているということである。仮に貴方が競合するどんな仮想世界にでも持ち物を持っていけるとしても、ファーストパーティの環境の中、リンデンラボの作ったルールの下に貴方を留めておくものが一つ減ったということでしかない。
リンデンラボが貴方達の友人達や持ち物をしっかりと保持し続けているかぎり、貴方達のうちで実際に別の選択肢に長期にわたって移り住もうとする人は極めて少ない数でしかないであろう。」
う~ん、お話はよく分かったけど、それってSLのブレークと関係ないお話で、それを『キラーアプリ』とかいうのは意味が違うような気がする。SLそのものがキラーアプリだといいたいんですね。でもそれは一部の人達には有効でも、人類の残りの大多数には無関係なんだから、それをどうするかという視点が欲しいです。これだと年寄りはコミュニティから他の場所に移るのを嫌がるとか、ものを捨てられないと言っているのと大差ないですね。これ読んでもデジタルアカデメイアのIn Yan学院長は全然喜ばないと思うわ。訳してみたけどちょっとがっかり。何も考えないで頭から一気にやってしまうとこうなるのね。
まあ、アメリカ西部の開拓だってゲルマン民族の大移動だって、食い詰めてしまって何もないということで始まったものだから、真理ではあるけれど、仮想世界ではそこまで追い詰められなくても新天地を求めて動き回ることは幾らでも可能だと思います。もっと住み易いところがあれば移動して、友達呼べばいいんだし。むしろ色んな特徴あるメタバースがつくられて、そこに新しい人達が入ってくるかたちでマルチバースとしてブレークするんじゃないでしょうか?
Posted by Sophiee Winkler at 13:11│Comments(0)
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