2009年07月15日
ユーザーコンテンツ

UGC(User Generated Content)についてMassivelyになるほどと思うこんな一文が載っていました。
「ユーザーの手になるコンテンツ(UGC)は長い間にわたり情報技術の開発者とそれで商売する人達、投資家、そして究極的にはユーザーを反目させてきたトピックだ。投資家や情報技術の売り手はユーザー自身にコンテントを作ることを許すという考え方に接すると、しばしば不信感をあらわにする。しかしFacebookやSLの仕組みはかなりの商業的な成功を示している。
Facebookの2008年の売上は2億米ドルを超えたと見積もられているし、一方SLは同時期に1億から2億米ドルの売上を上げたと推測されている。ユーザーの手になるコンテンツ(UGC)は高い利益率を上げうるが、どうして利益がでるようにするのか、それをいかに維持するのかというのはまったく別問題なのだ。
数多くの開発者はUGCのフェンスの上に腰掛けて、それを売り物にしているプラットフォームが最終的にこの問題をコントロールできるのかを長い間見物してきた。そしてその解法が明らかになったら早速それを真似しようと待ち構えてきた。実のところ彼等のなかでは、ゲームのステージがもうUGCを戦略として採用すべきだと提案して、投資家のオフィスから笑い飛ばされて放り出されることに敢えて挑もうという者はほとんどいないのだ。
UGCの動きをサポートすることは技術面からは厄介な仕事だ。手が掛かるし費用も掛かる。それは顧客である投資家のハードウェアやネットワークに対してハードルを上げるということにつながる。つまり潜在顧客層を減らしてしまうことになるのだ。また出来合いのコンテンツを供給するのに比べて、末端のユーザーのシステムやネットワークに対しても更なる難題を投げかけることになってしまう。
そして、人々が正確には何をつくろうとしているのかということに立ち入る前に、我々が認識しておかねばならぬことがある。それは人々には大抵のものは好き勝手に作る技術があるということを前提にしたとすると、人々は何でも作ってしまうということだ。
今のところ、ユーザーに好きなものは何でもいつでも作らせることと、コンテンツを調べて指導することとの間のどのあたりでバランスを取ればいいのかということは、誰にも分かっていない。それが長期にわたって維持できて、行き渡っていける均衡点というものは誰も見出していないのだ。
リンデンラボはこの数年の間にSLにおけるUGCに対する態度をルールを厳しくする方向に変えてきた。明示的に禁止するか多くのUGCの間に区別を設けるかのどちらかの方法で。
(中略)
不幸なことに、UGCは自分の都合で動いており、我々がその方向を予言することはできない。どのようにすれば成功するのかについてのデータや経験が不足している。今のところ、成功するモデルとはデザインよりも思わぬ発見をする特異な才能に多くを依存しているというところだ。成否のポイントは開発者や運用者がどのように行動したかとは大きくかけ離れたところにあるように見える。
はっきりといえることは、もしUGCをベースにしたモデルで成功しようとするなら、ちゃんと時間を掛けろということだ。UGCは徐々に数が増えていくもので、それに依存するモデルは収支トントンになるまでに何年か掛かる。そしてその時点が投資家が資金を投入するのに悩むタイミングということになるだろう。」
Posted by Sophiee Winkler at 14:50│Comments(0)
│ビジネス
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