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プロフィール
Sophiee Winkler
Sophiee Winkler
2007年6月生まれ。MagSLの原宿に住んでて、HARAJUKU PLACE というお店をやってます。景観商品とか小物が中心です。最近はスキンとシェイプに凝っています。
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2011年10月09日

最近考えていること(3)



原発の問題は、他の様々な日本の抱える問題と同様、ちゃんと議論したり正しく考えたりできていないことに起因しています。

原発に反対する人は「絶対に安全だということが証明されない限り建設したり運転したりしてはならない。」と言います。これに対し賛成の人は「絶対に安全です、ほら、こんなシステムで何重にも事故を防御しています。」と答えます。

この出発点からすでに嘘が含まれていますね。だからその後の展開ではかならず不幸なことが起きると約束されています。原発は現代のテクノロジーの塊りなので、事故が起きないことはないのです。原発に比べてうんと単純な自動車や自転車だって事故は起きます。

だから原発に無事故を求める人たちは、実際にはそれを知っていてやらせないために無理難題を吹きかけているのですが、もし本当そこがわからずに言っているのであればかなりの馬鹿です。これに答えて「絶対に安全です。」と言っている人たちも、安全でないことは知っていて物事を進めるために政治的に嘘をついているのですが、もし本当に安全だと信じて言っているのであれば、救いようがなく愚かです。

技術(テクノロジー)の世界は灰色の世界です。理論(セオリー)では明確に白黒をつけることができても、技術は現実の世界に働きかけるものである以上、どんなときにも必ず想定したことが起きるとは限らないのです。むしろそうでないことの方が多いでしょう。

そのグレーの世界で試行錯誤を繰り返しながら技術は熟成され、人々に多くの益をもたらす害の少ないものへと育っていくのです。その意味では技術は人間に似ていると言えます。

「絶対に安全です。」と言い切ることによって、安全でないことを示すデータや事故は隠されるようになります。また、自分で「安全です。」と何度も繰り返していると、本当に絶対に安全なんだと錯覚を起こすようになります。私はある技術を「絶対に安全だ」と信じている科学者や技術者がいるとは思っていませんでしたが、今回の原発事故でそうではないということが明らかになりました。

前々回から申し上げていることをまとめるとこのような事になります。つまり、技術は絶対に安全なものではない。危険なものだと知って、それでも有用だから使いたいのであれば、できるだけその危険性を減らす手立てを講じ、その向上を怠らないということになります。

また、技術だけが危険なのではありません。もっと危険なものがあります。それは自然です。今回の地震や津波によって、私たちは自然が凄まじい力で私たちの生存を脅かすものであることを思い知らされました。その恐ろしく無慈悲な自然に対抗するためにも私たちは技術を発展させていかねばならないのです。そしてそれに合わせて技術をどのように取り扱うのか、どのように議論し位置付けるのかという手法やテクニックについても習熟しておく必要があるのです。

このどのように考えるのが正しいのかという抽象的な表現を、具体的に分かりやすくする例として次のようなことを掲げておきましょう。

今私たちが中世の世界に住んでいるとして、ここに新たな技術が紹介されたとします。例えば電話や自動車ですね。そこである人達はそのような訳のわからないものは「絶対に安全だと証明されなければ使ってはいけない。」というでしょう。別の人たちは「使ってみなければ分からない。」というでしょう。

電話を使って人を騙したり、人を罵ったり、お金儲けをしたりすることはできますね。それを防ぐことはできません。それをさせないために電話を使わないという判断ができるでしょうか?

また、自動車によって毎年多くの人が死んでいます。多い時は日本で毎年1万人以上の人が自動車事故で死んでいました。今では6千人くらいでしょうか?他の交通機関に比べるととても危険です。自動車を使った犯罪も少なくないですね。でも今、だから自動車を廃止しろということをいう人がいるでしょうか?

原発に反対の人でも電話や自動車は使っています。それはそれらから得られる効用(利益)がそれがない場合に比べて格段に大きいからです。したがって原発のもたらす利益と害悪を正しく計りにかけるとともに、害悪を大きく減らすための別の技術や方法を開発していくということが必要になります。

すごく当たり前のことを言っているにすぎないのですが、それが当たり前に進まないのは技術よりも自然よりももっと恐ろしく、危険なものがあるからです。それは人間の心です。人間は人を騙し、自分を騙し、事実に目を塞ぎ、考えることを放棄します。正しく考えることよりも相手をやり込めることに懸命になります。その意味では今の事態も神様ではなく私たちが招いたものであるといえるのです。

ギリシア神話ではプロメテウスがゼウスの禁令に反して人間に「火」を与えました。そのお蔭で人間は動物の頂点に君臨し、輝かしい文明を築くことができました。しかし、一方でその「火」のために今でも毎日のように多くの人が命を落とし、不幸になっています。今日では「原子の火」も同じような問題を私たちに突きつけています。そしてこれをコントロールするのは私たち以外にはいません。

プロメテウスはゼウスに罰せられ、岩山に縛り付けられて、毎日肝臓を禿げ鷹に啄ばまれる羽目になりました。プロメテウスとは「あらかじめよく考える」という意味でもあります。肝臓を啄ばまれながら、痛みに堪えてよく考えることが求められているのです。
  

Posted by Sophiee Winkler at 18:48Comments(0)生活