2011年02月24日
技術を巡る物思い

先日「ソフィーのアバター日記」で取り上げたBBOY-DANのパフォーマンスの素晴らしさと、今回のリンデンによる新しい技術の導入の関係についてちょっと思うところがありました。
BBOYはSLで使える個々の技術的表現、アニメーション、音楽、コスチューム、パーティクル、背景や小道具にRLとも共通する演出や構成といったものを加えて、高いレベルで組合せることに成功しています。これは個々の要素のポテンシャルを究極のレベルにまで引き出し、それをプロフェッショナルなレベルで融合させることで成り立っています。これが日本人は得意なんですね。
一方、リンデンラボはあるプラットフォームや全体の技術体系や要素技術を着想し、それを利用可能なレベルで実現させるということが得意なんです。大まかな枠組みを作っておいて、次にそこからまた大まかな付属物とか新しい要素を付け加えていくというやり方ですね。これは欧米人が得意なんです。
RLの例で言えば、ボーイング社が新型の旅客機開発を構想して、出来ていないのに注文をどんどん取ってしまう。それを実際に作る段階になると日本の企業が新しい部材や工法を開発して、あるいは更に進んだ要素を付加して、設計者の意図以上のものに仕上げていくということをやっています。確かBoing787の開発では40%くらいが日本企業の製作になっています。
今回リンデンラボは一般的なポリゴンメッシュをSLに導入しつつありますが、これにユーザー苦労したり工夫したりして新たな生命を与えていくということが期待されます。その意味でSLはリンデンラボとユーザーの共同作品なのです。
リンデンが何かを思いついて土台や柱や壁を立てると、その内装を丁寧につくっていくのはユーザーなんですね。もちろんその結果だけを楽しむのもOKです。と、SL開業当初から言われている当たり前のことを書いてしまいました。
実際のところは欧米の芸術作品だってもの凄く精緻でセンスの高いもので、何も日本人だけが緻密だったり芸術性が高いということではありません。ただ、文化や社会として何を評価するのかということになると、欧米は新しい着想、大きな枠組み、汎用性、普遍性といったことを評価し、日本では人まねの出来ない職人芸みたいなものを評価する文化なんです。もちろん最終の出来上がりの素晴らしさが最も評価されることは世界共通です。
これは対立するものではなくて、補完し合う関係ですね。今の先進国における日本文化や日本製品のブームもこういう差異が目新しく、またエキゾチックに感じられるということかなと思ったりしたわけです。これはSLではなくてRLのテーマとして今後も考えていきたいと思います。今日はちょっと消化不良なままでお話してしまいました。
Posted by Sophiee Winkler at 13:33│Comments(0)
│ものづくり
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