2008年07月27日
ものを持つということ
昨日はとってもお金持ちの人と会ってお話をしました。日本だけで何十も別荘持っているんですって。もちろんRLのお話ですよ。で、当然外車も美術品も一杯あるけど、別にお話したくないんだそうです。ものを持っているということを自慢にしていなくて、むしろそのことで悩まされていることが多いと感じているみたいでした。そこで私が「ものを持っているのも大変なことが色々あるんでしょ?」って水を向けると、喜んでお話してくれました。
その人によれば「土地は目に見えない」ものだそうです。えーっつ、そんなことはないでしょう。目に見えるし手に触れるし、車止めたり家建てたりできますよ。でも、その人のいうには、自分の土地の上に立っていても、見えているのはその瞬間だけで、背を向けて別のところに行けばもう分らなくなる。自分の知らない間にゴミ捨てられたり、勝手にキノコの栽培されたり、偽の登記をされたり、売りに出されたりしている。別荘も人が勝手に上がりこんで、火事になるし、自殺したりしてくれるので本当に大変なんだって。これでは目に見えないのと同じだろうという意味なんだって。
それを自分が全部見ていると大変なので管理人を雇うわけ。そうするとお金が掛かるし、固定資産税も払わないといけないので、結局会社形式にして、使わない別荘は貸し出すんだそうです。でも今度は報告書や決算書を見なきゃいけなくなって、数字だけでは分らないこともあるので、結局は時々行かなきゃいけないので、大して楽にはならないそうです。
SLではお家賃払うだけだからもっと楽ですよ~ってもう少しで言いそうになったわ。でもSLでもものをたくさんもってると、何がどこにあるのか、どんな名前だったか分らなくなるし、勝手に家に入り込んでくる人は後を絶たないし、放置オブジェクトもあるし。広すぎるとお家賃の心配もしないといけないし、お店やってると儲からないところは撤退しようかなって悩んだりします。
家や車に限らず、ペットでも恋人でも自分のものだと思っていられるのはわずかの間だけです。どんなものでも古くなり、変質していきます。自分自身がそうなっていきますからね。命を持っているということもなかなか大変なことですね。寝たり食べたり見栄はったり。それでもものが欲しい私たちですね。