2009年03月11日
スクリーン中毒

以前Opensimの体験記でご紹介したDanton Sidewaysさんを覚えていますか?彼はVirtual Jungleというブログを書いていて、最近ちょっと低調でしたが、また復活した模様です。
簡単にいうと彼のインターネットに関する活動は世の中の経済状況にほぼ100%リンクしていて、アメリカの景気がよくなっていくのに並行して彼はSLを始め、ブログを何本も書き、CDS(民主SIM協議会)という団体のメンバーなんかになって、ほとんどネットの中で活動するようになりました。この一米国人のネット生活の変遷をちょっと覗いてみて、私たちや読者の人と対比させてみるのも面白いかなと思います。身につまされますよ。
「
好況と不況
過去1年半の間僕のインターネット内での活動はRLの株式市場の一般的なサイクルを追いかけているみたいだった。両方ともどんどん騰勢を強めていき、最後にはそれ以上は支えきれないほどのピークに達した後、急速にそれ以前の何分の一かのレベルに下降した。
インターネットに対する僕の個人的な時間の投資が崩壊することで数週間が無駄になったが、株式市場は08年の1月以来、コンスタントに下降を続けた。株価の損失は08年の10月にはさらに加速されたが、今では平穏なレベルに収まっている。
細かい差異は別にして、この二つの沸騰と破綻のサイクルには共通の原則がある。積み上がった価値は、新らたな成長のために崩壊しなければならないポイントに、必ず到達するということだ。
僕のネットブーム
インターネットに僕が深く関わるようになったのは07年の初め頃で、自分自身のウェブサイトを作ろうと決心した。春の終わりごろには3つか4つのサイトを作ったが、しかしそのどれもが誰にも見られていなかったということが判っただけだった。
サイトを訪れる人を誘引することに失敗したので、僕はSearch Engine Optimization(検索エンジンの最適化)を勉強し始めた。07年の秋になって僕はWikipediaの記事を編集することによって遥かに多くの観客に到達できることに気がついた。しかし僕はすぐにWikipediaの編集合戦の泥沼にはまり込んでしまった。
そらから僕は11月の終わりにSLに出会い、Danton Sidewaysが誕生した。12月にはCDS(Confederation of Democrativ Simulators)に参加した。これが僕にとって初めてのまともなインターネットコミュニティになった。僕はこのブログを始めて、SLの仮想世界で何か進歩的な発見があるとそれを書き留めた。そして毎週CDSの代表者会議に出席した。
08年の最初までに、インターネットは僕の時間のうちの巨大な部分を取るようになっていた。数人のSLブロがー達の書いたものを読んでいた。そのなかにはとっても長い記事を毎日投稿することで有名なProkovy Nevaも含まれていた。Prokovy Nevaを通じて僕はTwitterのことを知り、それにまた僕の時間の多くが費やされた。他のTwitterのユーザーを通じて僕はPlurkを知り、それにTwitterより多くの時間を使うようになった。そうこうするうちに僕はOpenSimの問題に関心を持ち、自身のOpenSimブログを立ち上げることさえした。
僕のネット破綻
08年の初夏までに僕の状況はコントロール不能になっていた。1分でも時間があると僕はPCの前に座って何かやっていたが、それでも十分ではなかった。7月の末にはバケーションで家族をイタリアに連れて行ったが、Asus 3e netbookのお蔭でそこでも僕はネットに繋がっていた。しかし、家に帰ってみて僕は完璧に手を広げすぎていたことに気がつき、整理のプロセスに入ることを決心した。
それで様々なインターネットの活動から最初は徐々に、そして段々速く、僕は足を洗っていった。ネットにのめり込んでいた頂点のときに、僕はたまたま『画面中毒患者』の解説ビデオに出くわした。漫画のキャラクターが主人公で、時々RLに息継ぎをしに出てくる、確かそんな感じだった。それは僕が生活のなかに戻ってきたのと同じようだった。
8月11日に僕は最後の記事をブログに投稿した。Plurkへの書き込みは8月24日を最後にした。9月8日にはCDSの友人にメールを送って、SLでの時間を減らしつつあると伝えた。9月18日にはTwitterに最後の書き込みを行った。
それ以来僕のネットにおける活動は、普通にググッたりメールしたりするのは別にして、ほとんどゼロにまで落ち込んだ。
08年の株式大暴落
偶然だとは思うが僕の個人的なネット活動の破綻は08年の株式市場の崩落とぴったりと同期していた。実際には08年の株式市場の落ち込みはダウ平均株価のチャートグラフの記録をチラッと眺める限り、02年から03年の落ち込みほど激しくはない。しかし08年の方が何かもっと悪いことが寄り添っているように思える。アメリカの住宅価格の崩壊に続いて世界的な金融危機が起きた。Alan Greenspanはそれを「百年に一度の信用崩壊の津波」と呼んだ。このクラッシュについてネット上で何週間か掛けて勉強をしたので、僕はこれは1929年と同等の危機で、僕等は大恐慌時のデフレのとば口に立っているのだと確信した。僕はこの見解をKondratieff Cycle の専門ブログに投稿した。(世の中の変化は周期的な波のように繰り返すという社会、経済学説だったかしら?)
新たな成長
僕等が新しい大恐慌の縁に立たされているというのは単なる仮説に過ぎない。変わらぬ真実はこの活動が低下した時期は非常に重要な機能を持っているということだ。それは新たな健全な成長を許す。かくして経済学者のSchumpeterが語った創造的破壊の意味が、新しい価値が生み出されるためには、既に積み上げられた価値は取り払われなければならないことを指していると分るのだ。
僕の場合ネット内の活動の多くのものが最初目的としていたところより遥かに遠くまで僕を運んでしまって、そしてそれは自壊した。それらを容赦なく切り捨てることは、僕は本当に何がやりたかったのか、それは楽しいツールの開発の促進に他ならないのだが、それを振り返って考える余裕を僕にもたらした。
さて、僕は個人的なプロジェクトを実行するために、おずおずとまた注意深くネットの世界に戻ってきた。1日に24時間使うのではなくて、多分週に2、3時間というペースで。」
上の動画は自作スキンをつけた別アカを撮影したものです。マシニマの練習をしています。まだヨチヨチ歩きなんです。